[長岡 純 便り vol.16]  ある台所の風景

伸びる家族の影


私がこよなく愛する時間、早朝散歩。

朝6時、通りがかりにふと目をやると、
あるお宅の全開の扉越しに、
台所の様子が目に飛び込んできた。

若いお母さんが台所で、
ギュッギュッと力を込めて
小さな水筒の内側を洗っている。
あ、幼稚園に通う息子さんの水筒だな。

その後ろには
1歳と2歳くらいの幼い2人が
おもちゃを取り合っているらしく、
競うようにして大きな声で泣いている。

よくある家族の風景だけど。。。

なんだか心が揺さぶられて、足が止まった。

ヒプノセラピーでよく出て来る風景そのままだ。

さまざまな生きづらさを訴えるクライアントを、
その生きづらさの元となっている場面へと誘導すると、
台所に立つお母さんの後ろ姿を見ている、
幼い頃の自分の視点に入ることがよくある。

そこで、目の前のお母さんの心の内を見てみる。
すると、
お母さんは家族のためにやらなくてはならないことで
いっぱいで、
泣く子に振り向く心の余裕もない。

一方で、子供は
そんなことは知る由もない。

子供の心には、
お母さんを求めても満たされなかった想いや、
応えてもらえなかったという
悲しみやあきらめの気持ちが生まれる。

それは、
自覚のないところで
潜在意識の深みに記憶され、
その人の人生を、
良くも悪くも彩っていく。

今朝のこの一場面が、
あのお母さんや幼い子供達それぞれの人生に
どんな色合いを添えるのかな・・・
そんな想いで私の心はサワサワした。

人生という料理にはこうやって、
好むと好まざるとにかかわらず
塩味や苦みやいろいろなスパイスが足されていく。

人はやがて、
様々な経験を通して、
それらに気づき、または調整しながら、
ちょうど良い味を求めて
人生を熟成させてゆく。


お母さん、お疲れ様。
そして、
子供達それぞれの人生が豊かに彩られますように。

今日も佳い一日を❤️

[長岡 純 便り vol.15] 夏休み中のゆうくんに会った

写真 ゲームをするゆうくん
ゆうくんは、このブログの筆者の一人、
ゆうくんママの6歳の息子さん。

ある用事のため、
ゆうくんママと、友人と、私の3人で会った時のことだ。

用事が済んだ後、
特別支援学校のプールから帰って来る
ゆうくんを待って、
地域の小学校内にある学童保育へ
送っていくことになった。

ゆうくんは自閉症スペクトラム症と診断されている、
恥ずかしそうな笑顔がとってもチャーミングな、
可愛い男の子だ。

ママはゆうくんが、
できるだけ沢山の人と関わることが大切と考えて、
ゆうくんを学童保育に通わせることにしたそうだ。

20分くらいの道のりを、
ゆうくんは左右の大人の手に
ブーラブーラとぶら下がったり、
一緒に走ったりしながら、
ご機嫌でたどる。

「いつもはブーラブーラはやってもらえないから、
今日は特別だね。」
ママが言った。

子育て中のママは忙しい。
私も子育て中、子どもにブーラブーラは
なかなかしてあげられなかったなあ。

ゆうくんにとっても、今日は特別なのだろうな。
ゆうくんのハニカンダような表情の真ん中で、
可愛い二つのお目目がキラキラ輝いている。

ゆうくんと私は並んで走り出した。

「ようし、負けないぞ~、ゆうくん!」 
私が本気で走ると、
ゆうくんも懸命に走る!
私は足がつりそうになる(苦笑)
写真 森の中 水辺の公園

ゆうくんと私の前に、
うっそうとした森の入り口が近づいてきた。

「ゆうくん、ちょっと待って~。」 
私は後ろから声を掛けた。

ゆうくんが立ち止まった。
ゆうくんはこちらの言うことをちゃんとわかっている。

ことばで返事をしなくても、
行動や表情などでちゃんと反応してくれている。

「ゆうくん、この森の中を通るの?」 
私がたずねると、
ゆうくんは後ろを歩いているママの顔に目を移した。

「ママ、いつもここを通るよね?この道でいいよね?」
と確認しているようだ。

そしてママとの無言の確認が取れたらしく、
「こっちだよ」 と言うように、先頭で進み始めた。

そんなゆうくんの後ろ姿は、
意気揚々としているように感じられる。

森へと案内してくれて、ありがとう、ゆうくん。

うっそうとした森の空気は、
ひんやり気持ちいい。

きれいな葉っぱを拾って、
キラキラと降り注ぐ木漏れ日にかざす。

「ゆうくん見て見て!きれいだね~」
一緒に葉っぱをのぞき込む。

子どもの頃に戻ったように遊びながら、
ゆうくんと心が通じ合っているような気がして、
私はとっても幸せな気持ちになった。

心の中が透明になり、静かで優しい時間の中にいる、
そんな不思議な感じになる。

ほどなくして学童保育に到着した。
門を入ったところで、
ゆうくんは立ち止まってしまった。

あれ、今日は学童保育の気分じゃないのかな?
おばちゃん達ともっと一緒にいたいのかな?

そういえば子どもの頃の私は、
珍しい来客があると、
その人が帰ってしまうのが嫌で、
お客様の靴を隠して怒られたっけ(笑)。

そんな気分なのかもしれないね。

中に入ろうとしないゆうくんを心配して、
3年生位の女の子たちが、お部屋から出てきた。

ゆうくんを門のところまで迎えに行こうとしている。
ゆうくんはここでも人気者なんだね。

女の子たちの気持ち、
おばちゃんもわかる気がするよ。

ゆうくんといると、
不思議と幸せな気持ちになるんだよね。

行ってらっしゃい、ゆうくん。
今日も楽しいことが沢山ありますように!

[長岡 純 便り vol.14] 子は親の鏡

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他人を大切にできるようになるには
まず自分を大切にしましょうって
よく言うけど

実際、自分を大切にするって
どういう事なんだろう?

絶賛 自分見直し中 の私は
この頃よく思う。


先日・・・
母の86回目のお誕生日を祝う
イタリアン・レストランでの
身内のささやかな集まりでのこと。

テーブルに置かれた私のワイングラスに
小さな汚れが・・・

それに気づいた我が娘、
すかさず自分のグラスと交換してくれた。
自分が使うという。

手前味噌だけど(笑)
私の子どもにしては
できた娘である。

心優しく
サービス精神もある。

が、一つ気になったことがあり
私は彼女に言った。

私 「ありがとう。でも○○が汚れたグラスを使う必要はないと思うよ。」

すると、こう返ってきた。

娘 「え?だっていつもお母さん自分がそうしているじゃない。
私はそれを真似てるだけだよ。」

あちゃ~っ!!
そうだったのね・・・・・

子は親の鏡。
無意識のうちに親と同じことをしているんだね。

私が何が気になって彼女に言葉をかけたのか?
そのあたりは読者一人一人の中で
考えてみていただけたらと思う。

それにしても
親の皆さま、

良きにつけ悪しきにつけ

自分は子供の無意識にすり込まれる
一番身近なお手本であること、

ゆめゆめお忘れなきように〜


[長岡 純 便り vol.13] 「良い子」はつらいよ

悲しい表情な 指子ども
ハワイ、グアテマラ、と火山の噴火が続いている…

わが家の娘も噴火中だ。

先日、
「私は小さい頃
お母さんに髪を結んでもらったことがなかった
本当はお母さんにやってもらいたくて
毎朝自分で結びながら
悲しかった
でもお母さんが大変そうで言えなかった」
と言い出した。

そういえばあの頃。。。
登校前の朝のひと時、
私は当時反抗期真っただ中の
姉のことでいっぱいいっぱいだった。

小3の妹は髪も自分で結び、
何かと私の手を煩わせることが少なかった。

だから、
手のかからない子で助かるわ~
とさえ思っていた。

ところが、真相(深層)は、
本人は悲しくて仕方なかったのだ。

あれから10年
彼女の中で押し込められ
圧縮されてきた感情のマグマが
ついに噴火したのだ。

私は謝った。

知らなかったとはいえ
子どもの側から見れば
知らなかったでは済まされない。

ここで噴火しなければ
圧力はさらに高まり
いつか大噴火につながるだろう。

私はセラピーの中で
こういった理由で
生きづらさを訴える大人に
これまでたくさん出会ってきた。

子どものエネルギー源はママの笑顔。

だから、子どもは
ママの気持ちを察知することにかけては天才だ。

どんなに小さい子でも、
胎児でさえ、
ママが笑っているか、幸せでいるか、
無意識でいつも注意を向けている。

子どもはもともと
ママが大好きなのだ。

ママが笑顔になってくれるなら、
自分の正直な気持ちだって偽る。

そうやって本心を心の奥にしまい込み
いつしか見失う。


大人になる前に、
娘が噴火してくれてよかった。

あ~、でもまだまだ マグマ
たまっているんだろうなあ…

[長岡純 便り vol.12] 突然死に思う

空と雲

親戚の男性が、突然、
天国へと旅立ってしまいました。

友人との食事から帰宅し、
あー楽しかった、と
ゴロンと横になったそのまま。

搬送先の病院で、
物言わぬ彼と
対面しました。

これは、夢? 現実?
あまりに急で
それすらわからない。

警察の人達がやって来て、
一人ひとり
別々に質問をし始めました。
自宅死ということで、
不審な点はないか調べるのです。

私の番がきた時、
まるで浦島太郎がうっかり
玉手箱を開けてしまったみたいに

自分の中から悲しみであり怒りみたいな感情が
前触れもなく、
湧きあがってきました。

目の前にあるのは
24年前
長女が自宅で突然死した時と
全く同じ光景でした。

あの時
搬送先の病院に
刑事さんたちがやって来て

あれこれ質問をし
家の中を隅々まで調べたのです。

あの時の私は
思考も心も完全に凍り付いて
質問されていることにすら
気づかない状態でした。

景色から色が消え
目に映るものはなぜか白黒でした。

医師や刑事さんから受けたに違いない色々な説明も
記憶にはなく

その代わりに
「娘が亡くなって警察が色々調べた。
だから私は何か悪いことをしてしまったに違いない。」

私の心の深い所に
そう書き込まれてしまったのです。

そんな馬鹿な
と思うかもしれません。

危機に直面すると
理不尽な暗示でも
ストレートに心の奥に入り込んでしまうのが
人間の潜在意識の仕組みです。

その時から私は
「娘を死なせてしまった母親」となり
その後何年も
自責の念で苦しむことになったのです。

一度植え込まれてしまった思い込みを
書き換えてゆくには
長い時間と労力が必要でした。

たくさんの援助のおかげもあって
やがて私の人生には
活気が戻ってきました。

それでもなお
心の奥深くに
澱のように沈んでいた古い感情が

同じ場面に遭遇したことで
突然、沈黙を破り

「ここにいるよ!」
と訴えてきたのです。

故人を悼みながら
突然の悲しい出来事における
心のケアの大切さを
改めて思うと同時に

20年以上も心の奥にしまわれていた
悲しみの感情が
ようやく声をあげられたことに驚き
安堵しました。

故人を偲びつつ。

白い紫陽花

プロフィール

チームなないろのたね

Author:チームなないろのたね
子供の時代から人生の山や谷を経て、3人それぞれの今があります。それぞれの、子供たちとの関わりから紡ぎ出されるブログです。

★ゆうくんママ
目黒区在住
自閉症スペクトラム児の母

★いるか先生
公立中学校の教員 通常学級の担任を経て、現在は特別支援学級の担任をしている。 3歳年下のダウン症の弟がいる。

★長岡純(ながおかますみ)
千葉県柏市在住。 20歳と24歳の娘たちの母。 長女は乳幼児突然死で早逝。ヒプノセラピスト 公認心理師
→ プロフィール詳細(「21世紀共育ラボ」サイトへ移動します。)

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